2026.09.15更新
先日、AIを使って自分のご先祖様について調べてみました。
母にも尋ねると、驚くほど昔のことをよく覚えていました。愛媛県西条市の横黒が本家というところまでは分かったのですが、その先は戸籍などを調べないと無理でした。5代遡るくらい簡単だろうと思っていましたが、結構大変なのですね・・・。
AIと人間の「記憶」は違う
それをきっかけに、AIと人間の思考の違いを調べてみました。
人間は過去の経験を積み重ねて今を判断します。初めて見る動物でも、過去に見た猫と照らして「猫っぽい」と感じます。一方、AIは人間のように思い出を持っているわけではありません。今与えられた情報をもとに、膨大なデータから関連するものを拾い、秒単位で答えを作ります。AIと長く話していると「あれ、前に話したこと忘れてない?」と思うのはこのためです。面白いのが「情感」の違いです。
「春の桜」と聞けば、多くの人は自分が見た桜を思い浮かべます。入学式かもしれないし、家族と見た桜かもしれない。その時の気持ちまで蘇ります。AIにはそれがありません。情報がないため、「たぶんこうだろう」と推測して空白を埋めます。それが外れて、もっともらしい嘘になるのが「ハルシネーション」です。
つまりAIに仕事を頼むなら、「なるべく空白を作らないように指示すること」が大切です。ズボラな私は、つい「まあ、いい感じにやっておいて」と頼みます。なるほど、これではAIが困るのも当然です。
スタッフにも同じことをしていないか?
ここでAIを「スタッフ」に置き換えると、経営者の問題点が見えてきます。言葉足らずで指示する。結果を確認しない。そして「ありがとう」を忘れる。長く一緒に働いているスタッフほど、「菅代表なら、こうしておけば喜ぶだろう」と過去の経験から気を利かせ、こちらの空白を埋めてくれます。
これは経営者としては助かります。しかし「彼なら分かっているだろう」で確認しないと、重大なミスにつながります。野球で二人の野手がお互いにフライを譲り、真ん中にポトンと落ちるようなものです。
だから「ここだけは必ず確認する」というポイントをルールとして共有し、それを文化にする必要があります。ただ、この文化を最初に壊すのは、往々にして多忙な経営者本人です。スタッフには報告を求めるのに自分は返事をしない。確認を飛ばしておいて「なんでこんな結果になったんだ?」と怒りが募る。私自身、かなり自省が必要です・・・。
経営者は意外と何もできない!?
8月に休みがあったので、ふと、これまでを振り返ってみました。
父が他界した時、自分が病気をした時、それこそミスでお客様に損害が出た時。スタッフに助けてもらったことは数え切れません。
今ではむしろ、自分にできることの方が少ないくらいです。
スタッフが30人を超えれば、経営者が実務に与える影響は、せいぜい20%程度ではないでしょうか。残りの80%はスタッフが会社を動かしていると考えた方が良いでしょう。
ところが経営者は、次の売上、採用、投資、といつも前ばかり見ています。その結果、つい「ありがとう」を忘れてしまいます。
感謝は形に変える
私は、感謝は言葉だけでは足りないと思っています。できれば、お金やモノ、休暇など具体的な形にも変えた方が後にも残るからです。
それもあって当社には報奨金がやたらと多く、おそらく50種類以上あります。
「お金を出さないと動かない組織になる」と内外から指摘されたこともあります。しかし「お金を出せば動く組織の方が、動かない組織よりよほどマシ」だと思うのです。
もちろん、人はお金だけで動くわけではありません。ただ、成果や新しい負担に何も返さず、「やりがい」だけを求めるのも経営者側に都合が良過ぎると感じます。
特にスタッフに新しいことをお願いする時は、ご褒美もセットで考える。私の経験では、その方がうまくいくことが多かったと思います。
もっともAIに聞けば、「金銭的報酬だけでなく、内発的動機づけも重要です」と冷静に反論されそうですが(笑)。
AIについて調べていたはずが、結局たどり着いたのはスタッフとの付き合い方でした。
・指示する時は空白を作りすぎない。
・大切なところは確認する。
・そして最後に「ありがとう」を伝える。
特に最後が大事ですかねぇ。ちなみに課金型のAIに「ありがとう」と言うと、その分料金が高くなる場合があります。AIへの感謝だけは、ほどほどでいいのかもしれません。
2026.09.01更新
当社では、個人売上の40%を給与の基本としています。ソフト代などの原価が約15%かかるため、粗利ベースで見れば実質的には50%を超える水準をスタッフに還元していることになります。加えて、業績に応じて決算賞与も支給しています。
私が会社を継承した25年前は、給与の目安は売上の25%程度でした。そこから段階的に還元率を引き上げ、現在の水準に至っています。
振り返れば、会社の規模を拡大してきた動機の大半は、「スタッフの生活水準を上げたい」という思いにあったと言えます。正直なところ、当時は「まずは食えるようにしないと話にならないよね」という感覚でした。
この考え方の根底には、昔、小説で読んだ武田信玄・勝頼の話があります。信玄の時代、領民が納める年貢は収穫した米の4割ほどだったとされています。それが勝頼の時代になると、金山の枯渇や相次ぐ戦によって財政が悪化し、負担が6割ほどに増え、やがて人々の心が離れていったという話です。
史実としての細部は別としても、「あ、これ経営と一緒だな」と妙に腹落ちしたのを覚えています。
もし会社が利益を抱え込み、働く人への還元を削れば、短期的には数字が残るかもしれません。ただ、それをやると現場は確実に冷えていきます。
良い商品やサービスを提供し、日々努力しているスタッフの生活が向上し、「この会社で働いていて良かった」と思える状態をつくることこそが最も重要ではないでしょうか。
そのために適正に利益を生み、できる限り社員へ還元することが経営の本質だと考えています。
そして結局のところ、経営者の取り分というのは「先に決めて確保するもの」ではなく、「ちゃんとやった結果として残るもの」だと思っています。
2026.08.17更新
先日、玄関の前にカブトムシが転がっていました。少し弱っていたので、ネットで調べてバナナをあげたところ、翌日には元気にどこかへ飛んで行きました。おそらく残り短い命。カブトムシにどの程度の知能があるのかは分かりませんが、懸命に生きようとする姿に、小さな感動を覚えました。
六つのリーダー像
さて、今回は最近読んだ 『コンテキスト・リーダーシップ』を参考に書きたいと思います。
リーダーには六つの型があるといわれてます。
細かく指示する「指示命令型」、方向を示す「ビジョン型」、調和を重んじる「関係重視型」、皆の意見で決める「民主型」、自ら先頭に立つ「率先垂範型」、部下の成長を待つ「育成型」です。
ただ、どの型にも長所と短所があり、互いに矛盾を生じさせます。
指示命令型は新人には好まれますが、ベテランには煩わしく感じられることがあります。率先垂範型は格好良い一方で、スタンドプレーと揶揄されることもあります。育成型は放置と紙一重ですし、民主型は組織を安定させる一方で、大きく伸ばす局面には向かないことがあります。
正解は「使い分け」?
ここで大事なのは、自分は何型かではなく、「今は何型であるべきか」ではないでしょうか。その典型的な紹介事例が、IBMを立て直したルイス・ガースナー氏です。1993年、ナビスコのCEOだった彼がIBMのトップに就くと、お菓子会社の人間に何ができるのかと疑問の声が上がったそうです。
当時のIBMは、前年に81億ドルもの赤字を計上し、会社を事業ごとに分割する案まで検討されていたそうです。しかしガースナー氏は、まず徹底的に財務を調べ、建て直し策を練りました。そして、「今のIBMに必要なのは美しいビジョンなどではない」と言い、まず経費削減や人員整理を断行しました。会社がなくなれば、美しい理念もまるで意味を持たないからです。
しかし、厳しい改革だけで終わらなかった点が秀逸です。3年で黒字転換させた後は、徹底して顧客とスタッフの声を聞き、事実に基づいて議論することを求めました。そしてIBMを、ハードウェアを売る会社から、顧客の経営課題を解決するサービス・ソリューション企業へと転換させます。経営が安定すると、今度はインターネット時代を見据え、「e-business」 を掲げました。
いうなれば、最初は指示命令型、次に関係重視型、最後はビジョン型と、会社の状態に合わせて、自らのリーダー像を変えたのです。
ビジョンだけでは人は動かない
日本では、写真フィルム市場の急減で、本業消滅の危機にあった富士フイルムが思い起こされます。自社の技術を棚卸しし、医療、化粧品、デジタルへと次々に事業を広げました。過去の成功に起因するプライドや、全員の納得を待っていたら、会社はなくなっていたかもしれませんね。
対照的なのが2000年代初頭のHP(ヒューレットパッカード) カーリー・フィオリーナ氏は大きなビジョンを掲げ、コンパック社との大型合併を行いました。しかし、まだ黒字だった社内にはIBMほどの危機感がなく、強いトップダウン姿勢も反感を招きました。すべて彼女の責任とするのは適切ではないと思いますが、合併はことごとく失敗に終わったとの事。リーダーが信頼されないと、結果は残らないという教訓だけが残りました。
経営者への信頼
中小企業、とりわけオーナー企業においては、一倉定氏の「すべての責任は経営者にある」という言葉が重く響きます。
先日、ある業績好調な企業の幹部と話していて、その会社の強さが分かる気がしました。その社長は流通に極めて見識があり、「例えば、スーパーなら豆腐の売れ行きを見れば、およそ黒字かどうか判断できる」と言うそうです。赤字と判断すれば撤退と自社の進出を提案する。その眼力を幹部が信頼している・・・こういう組織はとても強いと思います。
今、自分はどうあるべきか?
翻って、私自身はAIの発展に関して、大きなチャンスと同時に猛烈な危機感を抱いています。ただ、スタッフには恐怖を煽るのではなく、AIへの取り組みを会社の最優先事項としました。幸い、皆が猛スピードで学んでいますから、そこそこ私の判断を信頼してくれているのかなと思います笑
しかし、信頼は長い時間をかけて築いても、事業の失敗やたった一言の失言で一瞬にして壊れたりします。失敗を恐れすぎてはいけません。しかし、慢心はもっといけませんね。リーダーとして果たすべき役割は何か。今、自分はどうあるべきか。私もまた、日々自問自答しているところです。
2026.07.15更新
先日、小倉の実家を手放すことになりました。60年前に祖母が建てた小さな下宿屋です。下宿人のほとんどは九州歯科大学の学生さんで、兄弟のいない私にとってはまるで兄のようでした。多くの思い出が詰まった、何ものにも代えがたい価値のある建物ですが、市場で評価される価格は決して高くありませんでした。少し寂しい気持ちになりましたが、改めて感じたことがあります。
物の価値は、自分が決めるものではなく、欲しいと思う人が決める。
以前、9,000円ほどで購入したウイスキーが、何気なく見ていたヤフオクで100万円近い価格で取引されていて驚いたことがあります。私にとっては「少し珍しいウイスキー」という程度の認識でしたが、欲しい人にとっては100万円でも高くないのです。そういえば、大学時代に35万円で買ったバイクも、今買うと110万円ほどするようです。価値とは、自分の思いだけで決まるものではありません。相手がどう評価するかで決まるものなのだと実感しました。
会社を評価する数字
実は、これは会社も同じです。最近はM&Aが増えていますが、経営者は当然ながら自分の会社に愛着があります。しかし、買う側は感情を捨てて数字を見て会社を評価します。その数字を最も分かりやすくまとめているのが貸借対照表です。よく税理士仲間と話すのですが、財務内容の良い会社の貸借対照表は、とてもシンプルです。科目を見れば、どんな商売をしている会社なのか想像がつきます。
一方で、会社と個人のお金が混在している場合などは、仮払金や立替金、役員貸付金など、説明しなければ分からない科目が増えていきます。「損益はスタッフが、貸借は経営者が作る」とよく言いますが、貸借対照表は第三者が会社を評価するための基礎資料でもあります。
信頼と管理は別物
そして、お金の管理が曖昧な会社では、不正も起こりやすくなります。「うちの会社に限って」そう思われる方も多いでしょう。もちろん、スタッフを信頼することは大切です。しかし、信頼と管理は別の話です。
以前、ある会社で実際にあった事例ですが、購買責任者(役員)が取引価格を水増しし、さらに架空の外注費を計上して、その差額を長年自分のものにしていました。発覚した頃には被害額は億単位になっていました。さらに問題なのは、その後です。
税務調査では、その架空の外注費は会社の経費としてもちろん認められません。法人税や消費税の修正が必要になるだけでなく、このようなケースでは35%の重加算税が適用されることがほとんどです。会社はお金をだまし取られただけでは済まず、多額の追徴課税まで負担することになるわけです。
また、スタッフが会社のお金を使い込んだ場合、その金額はすぐに会社の経費にはなりません。会社から見れば「返してもらう権利」、つまり回収すべき債権(資産)として処理されます。回収できなければ、退職金との相殺などで整理することになりますが、会社にとっては大きな損失です。
ですから、経営者の皆様には時々で良いので数字を見ていただきたいと思います。毎日経理を見る必要はありません。取引先への支払いが急に増えていないか、同じような外注費が毎月続いていないか。そんな視点で試算表や総勘定元帳を確認するだけでも多くの不正は未然に防ぐことができます。
また、キャッシュレス化をすすめて現金を扱う機会を減らし、デジタルで記録が残る仕組みにすることも有効です。マネーフォワードなどのクラウド会計を利用すれば、外出先からでも試算表や帳簿を確認できます。経営者が数字を見る機会が増えること自体が、不正の抑止力にもつながりますのでご一考いただければと思います。
会社の価値を高める
思い出の価値は、プライスレスです。
一方で、会社の価値は日々の活動、管理によって高めることができます。しかし、その価値は、自分ではなく相手が決めるものです。
だからこそ、誰が見ても分かりやすい決算書を作り、お金の流れを見える化すること。その積み重ねが会社への信頼となり、さらなる価値につながっていくのだと思います。
2026.07.01更新
経営で成功する秘訣は何ですか――。
そう聞かれると、私はいつも三つのことをお話しします。
一つ目は努力すること。二つ目は運とご縁を大切にすること。そして三つ目は、不要な縁を整理することです。
特に「運」の大切さについては、多くの経営者が口を揃えて語ります。しかし運は、単なる偶然ではなく、日々の生き方によって引き寄せられるものではないかと私は考えています。
私は人生には、ある程度のレールが敷かれているような気がしています。若い頃は新聞記者を目指しましたが、その道は開けませんでした。一方で税理士には比較的順調になることができました。そして税理士になった直後、父が他界したのです。
そのとき、「私が税理士になれたのは、この日のためだったのかもしれない」と感じました。後から振り返ると、人生の出来事には不思議な意味があるように思えることがあります。
先日、北九州の実家を売却しました。決して立派な家ではありませんが、六十年の思い出が詰まった家です。最後に鍵を不動産会社へ渡しに行くと、事務員さんが私の顔を見てこう言いました。
「タクちゃんよね?」
なんと、昔お隣に住んでいたユウコちゃんだったのです。
偶然といえば偶然ですが、私はこうした再会もまた「ご縁」だと思っています。神様は時々、粋な計らいをしてくれるものです。
運も縁も、待っているだけではなかなか巡ってきません。寄付をする、道路のゴミを拾う、人に親切にする。そんな小さな善意の積み重ねが、自分自身の運を整え、良いご縁を引き寄せるのだと思います。
経営とは数字だけで成り立つものではありません。最後は、運とご縁に支えられているのです。
2026.06.15更新
若手の銀行員と話していると、「今、融資の審査で1番重要視しているのは、預金の額なんです」とのことでした。ということは、お金が必要ないところにお金を貸すわけですから、銀行勤めも大変だと思いました。
さて、この所、「最近ちょっと経営が厳しくてですね……」というご相談が急に増えました。 実際、ここ1~2年で経営難に陥る中小企業は統計的にも増えています。理由は業種によって多少異なりますが、多くは共通しています。「原料が高い」「電気代も高い」「人が採れない」「採れても給与を上げないと辞めてしまう」…。
帝国データバンクの調査では、2025年は「物価高倒産」が高水準で推移しており、人件費上昇を背景にした倒産も増加しています。 日本商工会議所の調査では、7割を超える中小企業が「コスト増を十分に価格転嫁できていない」と回答しています。株価とは裏腹に、中小企業の苦しい状況が垣間見えます。
融資とリスケ
中小企業の資金調達は、ほぼ100%融資です。
IT系のスタートアップ企業のように、「大型の資本調達に成功しました」というのはごく一部です。 多くの企業は、融資によって経営を支えています。だから私は、「借金=悪」という考え方は少しも持っていません。必要な時に資金を確保しておくことは、経営者の重要な仕事です。
そして意外と知られていませんが、借入には調整機能があります。
業績が悪化した際、金融機関へ相談し、元本返済を一定期間止めてもらう、あるいは減額してもらうこと。 いわゆる「リスケジュール(リスケ)」です。これを「恥だ」と思う経営者の方もおられますが、全くそんなことはありません。むしろ、苦しい時にきちんと相談し、会社を生かす判断をすることは立派な経営です。実際、金融機関は95%以上のケースでリスケに応じています。
また、世の中には、公表されていないだけで「10年以上元本返済をしていない会社」も普通に存在します。 さらに言えば、リスケをきっかけに復活した会社も少なくありません。ある若手社長はリスケによって資金繰りを安定させ、その期間中に積極的に若手採用を進め、社内体制を刷新しました。 当初は周囲から「こんな状況で人を増やすのか」と言われたそうですし、私も驚きましたが、数年後に過去最高益を達成し、正常返済へ戻っています。
諦めない判断
もちろん一方で、赤字部門からの撤退を決断できず、赤字を積み上げ続けてしまう企業があるのも事実です。経営相談を受けていると、「これはもうやめた方がいい」と思うケースも多々あります。ですが難しいのは、諦めなかったことが成功につながった会社も存在することです。「あの時やめなくて良かったですね」と笑って話せる会社もあります。だからこそ、アドバイスをする側も非常に難しいです。
事業の将来性は数字だけでは測れないものがありますし、経営者自身の覚悟や執念が未来を変えることはよくあります。
コロナショックもそうでしたし、リーマンショックの時などは、売上が突然90%近く落ちた会社がありました。あの時、生き残った会社には共通点があります。それは、十分な資金を持っていたことです。
そして、コロナやリーマンショックのような非常時には、政府も特別保証制度を作り、補助金や助成金などの支援策を用意してきました。 つまり、銀行に限らず、社会全体として「会社を潰さない方向」で動くことが多いわけです。
一時的に赤字でも資金と時間を確保できれば、立て直せるケースは少なくありません。以前は、手形不渡りによる突然の連鎖倒産も多くありました。しかし現在は手形取引も減少し、いわゆる外圧的な倒産は少なくなっています。だからこそ最後に会社を閉じる理由は、資金だけではなく、「経営者が未来を諦めた時」なのだと思います。
もちろん、それが正しい場合もあります。 無理な延命を推奨したいわけではありません。ただ、「もう無理だ」と思った瞬間に、人も組織も急激に弱くなるのは事実です。
逆に、経営者が「まだやれる」と前を向いている会社には、不思議と周囲が力を貸してくれます。
私は、クライアントの皆さまには普段から、
この3つを意識していただきたいと思っています。
弊社としても、資金繰りや財務改善、金融機関対応などを通じて、少しでも経営者の皆さまのお役に立てれば嬉しい限りです。
経営は、諦めたら終わりです。逆に言えば、諦めない限り、打てる手は案外たくさんあります。
2026.06.01更新
経営をしていると、「失敗しない方法をアドバイスして欲しい」と問われることがよくあります。でも私は、失敗しない経営なんて存在しないと思っています。むしろ、失敗した人ほど大きな成功に近づいているのではないでしょうか。
企業経営にチャレンジは欠かせません。しかし、チャレンジはだいたいうまくいきません(笑)。新しい取り組みほど、最初は空振りします。だから大事なのは、小さな失敗を積み重ねながら軌道修正していくことです。
これはゴルフに似ています。フェアウェイ、ラフ、バンカー、傾斜地。状況によって全部打ち方が違う。「YouTubeで見たスイング」をそのままやっても、だいたい池に入ります。練習場でうまく打てても、本番では全然違う。経営も同じで、頭で分かっているだけでは意味がなく、実際に打ってみて初めて学べるのです。
では、どのくらい失敗していいのか。私は「致命傷にならない範囲」が大事だと思っています。
例えば自己資本が5億円あるなら、20%の1億円くらいの失敗なら十分立て直せる。しかし50%を超えると、さすがに夜眠れなくなるでしょう。小さな失敗を繰り返しても、一発退場だけは避ける。この感覚が経営には大切ではないでしょうか。
私自身はというと、失敗ばかりです。例えば若い頃、いわゆる医療特化を進めようとして幹部スタッフと大喧嘩したこともありますし、セミナーを開催して集客ゼロだったこともあります。当日、会場で「もしかして日付間違えたかな」と本気で確認しました(笑)。
でも、そこで諦めず改善を重ねた結果、今では900件を超える医療関係顧問をさせてもらい、楽しく仕事をしています。
今朝、アカデミー賞助演男優賞を受賞した佐藤二朗さんが「若い頃は、何回諦めてもよいから夢を追ってほしい」と話していました。私はこの言葉にとても共感しました。失敗してもいい。途中でくじけてもいい。でも、完全にやめなければ、大抵は何とかなるものです。
経営とは、「失敗しないこと」ではなく、「失敗しても立ち上がること」なのかもしれませんね。
2026.05.13更新
今年のゴールデンウィークはいかがだったでしょうか? 私は毎年北海道に行くのですが、今年は家でのんびり過ごしました。とはいえ、天気予報がすべて晴れだったのを見ると、やっぱり行けばよかった……と思っております。
先日、ある仕事が一段落したので、神社にお礼参りに行ってきました。経営者は、神社やパワースポットが好きな方が多いように思います。オフィス内に神棚がある会社も多いですよね。私は日頃は無宗教ですし、若い頃は目に見えるもの以外はまったく気にしていませんでした。「すべては自分の行動次第」と、自分中心に考えていました。まあ、若い頃は根拠のない自信だけでも結構走れますしね(笑)。
試される経営者
ところが、会社の規模がだんだん大きくなり、自分の社内での影響力が相対的に小さくなってくるにつれ、考え方が変わりました。良くも悪くも、自分だけでは説明のつかないことが時々起こるからです。新しいお客様との出会い、優秀なスタッフとの縁……。
振り返ると、「これは自分の実力だ!」と言い切れないことが増えました。もちろん、最低限の努力はしているつもりですが、運に左右される事が多分にあるように感じています。だから時々、運を補充しに神社等に行きたくなるのだと思います。ドン・キホーテの安田氏のように、運を最大化することなど到底真似できませんが。
しかし、最近気づいたのですが、神社で手を合わせたからといって、良いことばかりが起きるわけではありませんね。むしろ、お礼参りに行った後ほど、試されるような出来事が起こります。
大きな仕事が決まったと思ったら、別のところでミスが見つかる。売上が伸びて喜んでいたら、お客様からお叱りを受ける。そんな具合です。こちらとしては、できれば良いことがあった後、1か月くらいは気持ちよく過ごしたいのですが、次から次へといろいろなことが起こるのが経営というものなのでしょうか。経営者は常に試される運命にあるのかなと思うこの頃です。
ミスとAIの活用
例えば、仕事上のミスは一定数必ず起こります。「ミスがない」というのは、おそらく気づいていないだけ。お客様からのクレームも同様です。最近は、ここにAIという要素も加わりました。生成AIを使えば、確かに仕事は速く、楽になります。私自身、もうAIのない世界には戻れませんし、戻りたくもありません。この文章の最終校正もAIが担当しています。
ただ、使い始めはミスも手間も一時的に増えると思います。基本設計や確認作業が増えるからです。もちろん、ミスが起きたときに「AIがそう言ったので」は、今のところ通用しません。だからこそ、小さなミスやクレームを軽く見てはいけないなと思っています。
クレーム対応の肝
「このくらいなら大丈夫だろう」 「担当者に任せておけばいい」正直、そう思いたくなる気持ちが常に頭をもたげます。でも、小さな火を放っておくと、なぜか必ず大火になります。火は小さいうちに消すしかありません。
・すぐ連絡する
・謝るべきところは謝る
・原因を調べる
・必要なら自分が出ていく
私の経験上、業績が安定している会社ほど、クレーム対応が早く、幹部クラスがすぐに出てきます。先日も、「歯の治療で、詰め物が薄くて不安だ」と分院の院長先生に連絡したところ、本院の理事長先生自らが対応してくれました。こういうのは嬉しいですよね。逆に、業績が不安定な会社ほど、対応が遅いことが多いように思います。
結局、クレーム対応には会社の姿勢が出ます。中には、クレームをチャンスと捉えて積極的に出ていき、次の受注を取ってしまうような凄い方もおられますから、見習いたいものです。
試練の先の成長
話を戻します。神社やパワースポットに行って運をつかもうとすることは、世界中で見られる行為ですし、経営には確かに運が作用すると思います。ただ、神社で手を合わせた後に起きることは、願いが叶うことばかりではありません。むしろ、ミスやクレーム、隠れていた課題が表に出てくる・・・試されることがたくさん起きるのです。
それを受け止め、逃げずに向き合い、火が小さいうちに消す。それを乗り越えてこその経営者なのかもしれません。
と、頭では分かってはいるのですが、私はそんなに強靭な人間ではありません。できればミスは起きてほしくありません。クレームも少ない方がいいです。試練は、できれば豆粒くらいでお願いしたいです。だから結局、また神社に足を運びます。運をつかむためには相応の苦労が必要だと分かっていながら、できればあまり試さないでほしいと願っていますが、この先はどうなることやら・・・です。(笑)
2026.04.22更新
親子そろって優秀である確率は3%。
もちろん、これは私の言葉ではありません。以前、ある著名なM&A会社の会長が、パーティの席でそう話していました。立場を踏まえれば、多少のポジショントークはあるのでしょう。「だから早めに会社を売った方がいい」という結論に持っていきたいわけですから。
とはいえ、税理士として多くの企業を見てきた実感からしても、あながち的外れとも言えません。3%はさすがに言い過ぎでも、親の代から事業を承継し、なお業績を伸ばせる二代目は3割あればいい方ではないでしょうか。
さらに、その中で周囲が驚くほど会社を成長させる経営者となると、確かに3%以下かもしれません。私自身、これまで3,000社近い顧問先を見てきましたが、すぐに顔が浮かぶのはほんの数社です。多くの二代目は、会社を引き継ぐことには成功しても、会社を進化させるところまでは届かないのが現実です。
そもそも、親の世代でうまくいったビジネスモデルが、子の世代でもそのまま通用するほど、今の経営環境は甘くありません。過去の成功体験は、ときに最大の資産である一方で、最大の足かせにもなります。医療のように参入障壁が高く、構造的に守られやすい業種は別として、昨日の勝ち筋が今日も通用する保証などどこにもありません。
だからこそ、承継で本当に残すべきなのは、古い商品や仕組みではなく、理念と社風です。理念は守る。
一方で、商品も仕組みも、時代に合わせて容赦なく変える。その覚悟がなければ、事業承継は“引き継いだ”だけで終わります。会社を承継する人に求められる本質は、結局そこに尽きるのだと思います。
2026.04.15更新
オリンピック、WBC が終わり、気がつけば桜の季節になりました。
このブログが上がる頃には、もう散っているかもしれませんね。京都には、原谷園という遅咲きの桜で有名な場所があります。個人所有のちょっとした裏山を、遅咲きの枝垂れ桜や御室桜が埋め尽くしており、この時期だけ入ることができます。見逃した方は、少し足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
事業承継から25年
さて、私がこの会社を引き継いで、今年で25年になります。自分でも信じられないのですが、とうとう親父と同じ年齢になります。親の年齢に自分が並ぶというのは、何とも不思議な感覚ですね。
25年前の4月2日に入社し、4月18日に父が他界。その間、父が会社に来たのは約15分だけ。そもそも3歳の時に離婚して、それきり関わりがなかったので、血縁とはいえ、かなりアウェー感のある事業承継でした。今振り返っても、あの時倒産していても何も不思議ではなかったと思います。それでも今こうして税理士を続けていられるのは、ひとえに温かく見守ってくださった皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。
当時28歳でしたが、今、社内の28歳の若者を見ていると、「こんな若造が社長をやっていたのか!」と、我ながら驚きます。その若手に、「明日から社長をやってくれと言われたらどうする?」と聞くと、全員が即座に拒否します。25年前は就職超氷河期で、28歳の大学院卒にはろくな就職先もありませんでした。それに比べて今は、何度でも就職するチャンスがあります。もし今、同じ状況が起こったら………やっぱり承継しますかねぇ(笑)。
会社は急に悪くならない
よく、起業しても10年後に残っているのは1割などといわれます。しかし、商工リサーチによると、倒産した企業の継続年数は20年を超えているそうです。
つまり会社は、簡単には潰れない。逆に言えば、苦しいまま長く続いてしまうこともある、ということです。伸びる会社と、じりじり弱っていく会社。その差は、一発逆転のアイデアよりも、危ない兆候を見逃さないことの方が大きい、と私は思っています。
振り返ると、私は「どうやったら売上や利益が伸びるか」よりも、「どうやったら倒産しないか」「どうやったら業績が落ちていかないか」という、逆張りの思考が強かったように思います。お客様へのアドバイスも、結局はそこが土台です。積極策を提案しているようで、実際にはかなりリスク回避寄りかもしれません。理由は単純で、失敗には必ず原因があるからです。
野村克也監督の「負けに不思議の負けなし」は、経営にもそのまま当てはまります。うまくいかない会社には、必ず崩れる前兆があります。そこを見て、早く手を打つ。それが経営だと思っています。
せっかくですので、25年分、自分で体験したこと、教えていただいたことの中から、今の経営観を少し書き出してみます。
こうして書き出すと、何ともまぁ暗いですね(笑)。春らしい陽気な話ではなく恐縮ですが、経営というのは、明るい話だけで成り立つものでもありません。何かの折に、ひとつでも思い出していただければ嬉しく思います。
2026.04.09更新
大河ドラマの小栗旬さんの演じる信長、ハマり役だとかなりの評判のようですね。戦国三英傑、信長・秀吉・家康。この三人の違いは、そのままリーダーシップの類型だと感じています。今日はこのことを中心に、私の欠点について書いてみます。
三英傑の特徴
まず信長は、既存の秩序を徹底的に破壊し、新しい時代を切り拓いた人です。合理性を重んじ、部下には成果を求め、用がなくなれば切り捨てました。
秀吉は人心掌握の天才でしょう。相手の懐に入る度胸もあり、短期間で組織をまとめ上げました。人と人の関係を調整し、全体最適を図るタイプでしょうか。最後の方は多少おかしくなりましたが。
家康は、短期の勝利よりも長期の安定を選びました。派手さはなくとも、最終的に最も長い統治を実現しました。(私は家康のように「じっと待つ」経営はどうも苦手ですが)
三つの欠点
みなさんも、自分はどのタイプか考えたことがあるのではないでしょうか。私はどの型かと問われれば、秀吉!と言いたいところですが、周囲の評価も含めて冷静に考えると、おそらく信長型です。…残念ながら。
信長(というか私)のよくない癖は、人の才能を極限まで試そうとするところです。可能性を感じた人材には、遠慮なく高いノルマを課します。難易度の高い仕事を渡し、重い責任を背負わせます。「彼ならできるはずだ」という前提で。それは期待であり、信頼の裏返しでもあります。しかし、課せられた人にとってはおそらく過酷です。成長段階にある人に完成形と同じ水準を求め、短期間で大きく成長した人がいる反面、脱落させてしまったこともあります。そこは反省しなければならない部分ですね。
信長が家臣に結果だけを求め続けたように、私も努力や経緯ではなく、成果を経営の根底に置いています。しかし、そのために人が燃え尽きてしまっては意味がありません。才能を見抜く力以上に、その人の成長の速度を見極める力が必要だと痛感しているこの頃です。
欠点の二つ目は、限界だと弱音を吐いた人に対して、関心が薄れてしまうことでしょうか。信長が後年、古株達を追放したように。「もう限界です」みたいな言葉を聞くと、途端にその人への興味が失せてしまいます。
経営者は教育者としての側面も大切だと言われますが、「教育とは、その人が成長するのを耐えて待つものだ」と恩師に言われたことがあります。その恩師から、「お前のようにすぐに人を切り捨てる思考は最も教育に向かない」と言われました。ムカつきましたが、今思えばずいぶん正確な人物評価だったと思います。苦笑
経営者の高い耐久力を前提に組織を設計すれば、おそらく多くの人がついて来られないでしょう。本来リーダーが問われるのは、「弱音を排除すること」ではなく、「弱音の温度差を見分け、売上や利益とどう折り合いをつけるか」なのだと思います。
三つ目は、大雑把で、細かいことを詰めるのが得意ではないことです。せっかちな性格も手伝い、決断はおそらく早い方です。しかし、精緻な積算や細部のリスク管理を継続的に行うことは苦手です。
しかし、信長が領土拡大に優れながらも、統治の仕組みを作り切れなかったように、攻めるだけでは組織は持続しません。弊社の場合、アイデア面は私が担当することが多いですが、その分「実行力」、「継続力」を持つ人材を特に大切に思っていますし、頼りにしています。
年頭にも書きましたが、自分のダメな部分を理解し、補完してもらえる体制はとても大事です。私の周りには私と異質な幹部がたくさんいます。今にして思えば、それが大量退職や組織崩壊のような大失敗がなかった要因かなと思います。もちろん、この先のことは分かりませんが(汗)
さいごに
会社の創業期は信長のように攻め、成熟したら秀吉のように周囲に利益を分け与え、家康のように上手に経営を承継して長期安定を図るのが理想だとは思うのですが、今さら秀吉みたいに多才にはなれないでしょうし、家康のようにじっと待つこともできません。ですから今後もこの性格のまま信長っぽい経営をすると思います。
しかし、その事がお客様の発展と、スタッフの幸せに資するはずだと言い聞かせて、(多分に自分の性格の問題かもしれませんが)、このブログを締めたいと思います。
2026.02.25更新
リーダーの資質って、何でしょうね。
以前、ある有名な経営者に聞いたことがあります。
「リーダーの資質は、生まれた瞬間にほぼ決まっている」と。
確かに、子どもの頃から中心にいた人は、大人になっても自然と前に立っています。
不思議と、人が集まる。
かくいう私も、頼んでもいないのに前に立たされる。
気がつけば、ずっと“そういうポジション”にいた気がします。
創業者には「生まれながらのリーダー」が多いです。
子どもの頃からガキ大将、部活のキャプテン、生徒会長。
小さな成功と失敗を、山ほど積み重ねてきている。
「今の一言は刺さったな」
「これは空気を悪くしたな」
「ここは怒るべきだった」
トライ&エラーを繰り返しながら、社会に出る前に実践経験を積んでいるわけです。
いわば“天然のリーダー養成所”をくぐり抜けている。
一方で、血族という理由で社長になる二代目はどうか。これはむしろ逆のケースの方が多いように感じます。
目立つことを避けてきた人。
調整役に回ってきた人。
でも、社長になった瞬間から、人を率いなければならないので困惑する事でしょう。
ここで必要になるのが、「リーダーを演じる力」です。
演じる、と聞くとネガティブに感じるかもしれません。
でも、これは技術です。スキルです。
やることはシンプル。
自分が「理想だ」と思う人を見つけ、徹底的に真似する。
話し方。間の取り方。視線。立ち姿。
ジョークのセンスまで、遠慮なく盗む。
守破離の“守”です。
最初は芝居です。違和感もある。ぎこちない。
でも続けているうちに、型ができる。
型ができれば、応用が利く。
やがてそれは“自分のスタイル”になります。
翻って、才能に任せて伸び悩む人は、実は少なくありません。
「自分らしさ」が前に出過ぎて、人としての幅が狭いからではないかと思います。
親からのギフトがあれば、もちろん有利です。
でも、それがなくても大丈夫。
リーダーの資質は、努力で上書きできる!
私はそう思っています。
PROFILE
Takuma Suga
代表社員税理士
菅 拓摩
はじめまして 福岡から長崎までわりと広域に活動している税理士です。 社員400名いますが、経営者としても、税理士としても修行中です。